東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2810号 判決 1978年9月20日
控訴人(附帯被控訴人) 金子弘明
<ほか二名>
以上三名訴訟代理人弁護士 増岡正三郎
同 増岡由弘
被控訴人(附帯控訴人) 株式会社 島長
右代表者代表取締役 中根長吉
右訴訟代理人弁護士 吉原大吉
主文
一 控訴人ら(附帯被控訴人ら)の本件控訴を棄却する。
二 附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
附帯被控訴人ら(控訴人ら)は、附帯控訴人(被控訴人)に対し、各自金一一八四万九六〇〇円及びこれに対する附帯被控訴人(控訴人)金子弘明は昭和四八年七月一三日から、同金子良造は同年同月八日から、同築地塩砂糖販売株式会社は同年同月五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人ら(附帯被控訴人ら)の負担とする。
四 この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 控訴について
1 控訴人ら(附帯被控訴人ら、以下単に控訴人らまたは控訴人弘明等という)。
原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。
被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴会社という。)の請求を棄却する。
2 被控訴会社
主文一同旨
二 附帯控訴について
1 被控訴会社
主文二同旨及び仮執行の宣言
2 控訴人ら
附帯控訴を棄却する。
第二主張
一 被控訴会社の請求原因
1 被控訴会社は、食料品等の販売(スーパーマーケット)、控訴会社は、塩、砂糖の卸売をそれぞれ目的とする会社であり、控訴人弘明は控訴会社の被用者であったものであり、控訴人良造は控訴会社の代表取締役である。
2 被控訴会社の取締役中根清隆は右会社の代理人として昭和四六年八月頃より控訴人弘明を通じて控訴会社から砂糖を継続的に買受けていたものであるが、控訴人弘明は、控訴会社が同年四月頃からすでに債務超過の状態にあって、前渡代金の交付を受けても、それに相当する砂糖を引渡し得る見込がないのに、あるように装い、砂糖は必ず引渡す旨の種々の虚言を申述べてその旨中根を誤信させて、別表(イ)ないし(ホ)のとおりの砂糖の売買契約(以下、本件売買契約という。)を締結せしめ、被控訴会社からその前渡代金名下に合計一二八八万円の交付を受け、同表記載のとおりそのうち一〇五八万円に相当する前渡代金(以下、本件前渡代金という。)につき商品を納入せず、これを騙取した。
3 以上の事実関係に基づき、控訴人らは被控訴会社に対し、次のいずれかの理由によって本件前渡代金相当額一〇五八万円を支払うべき義務がある。
(一) 控訴会社
(1) 本件売買契約は控訴人弘明の詐欺に因るものであるから、本訴において(昭和五二年四月一八日付準備書面の送達をもって)、これを取消す。
従って、控訴会社は本件前渡代金額を返還すべき義務がある。
(2) 控訴会社は、その後、砂糖の販売を廃止し、その事業目的からも削除したので、本件前渡代金に相当する砂糖を被控訴会社に引渡すことは履行不能となった。
仮に、そうでないとしても、被控訴会社の取締役中根は、昭和四七年六月八日頃、控訴会社代表者良造に対し口頭をもって本件前渡代金に相当する砂糖の引渡をするよう履行の催告をしたが、控訴会社はその履行をしない。
そこで、被控訴会社は、本訴を提起して損害賠償の請求をしたものであるから、被控訴会社は控訴会社に対し、本件訴状の送達をもって右履行不能もしくは履行遅滞を理由として本件売買契約につき解除の意思表示をしたことになるものというべきである。
従って、控訴会社は被控訴会社に対し本件前渡代金を返還すべき義務がある。
(3) 控訴人弘明の前記不法行為は、控訴会社の事業の執行につきなされたものであるから、控訴会社は民法七一五条一項により、被控訴会社が被った本件前渡代金相当額の損害を賠償すべき義務がある。
(二) 控訴人弘明
控訴人弘明は、民法七〇九条により、被控訴会社に対し、前記損害を賠償すべき義務がある。
(三) 控訴人良造
(1) 控訴人良造は、控訴人弘明と共謀して前記不法行為をなしたものである。
(2) 控訴人良造は、控訴会社に代ってその事業を監督していたものである。
(3) 控訴人良造は、控訴会社の取締役としてその職務を行うにつき悪意又は重過失があり、三〇〇〇万円を超える売掛金があるにも拘らず貸借対照表、財産目録にことさら記載しない等の虚偽記載をなし、かつ控訴人弘明の業務の執行につき監視を怠り、そのため被控訴会社は前記損害を被った。
従って、控訴人良造は、被控訴会社に対し、(1)民法七〇九条、七一九条、(2)同法七一五条二項、(3)商法二六六条の三第一項前段または後段により、前記損害を賠償すべき義務がある。
4 被控訴会社は、本件訴訟の提起追行を被控訴会社訴訟代理人弁護士吉原大吉に委任し、手数料及び謝金として前記金一〇五八万円の各六パーセント(東京弁護士会等報酬規定による右金額に対する最低額)にあたる各金六三万四八〇〇円、合計金一二六万九八〇〇円を支払うことを約した。
よって、被控訴会社は、控訴人らに対し、前記一〇五八万円と右一二六万九八〇〇円との合計額金一一八四万九六〇〇円及びこれに対する本件訴状が各控訴人に送達された日の翌日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める。
二 請求原因に対する控訴人らの認否
請求原因1は認めるが、その余の事実は否認し(ただし、控訴人弘明は、2のうち本件売買契約を結び別表記載の前渡代金の交付を受け、そのうち本件前渡代金額に相当する砂糖の引渡をしていないことは認める。)、主張は争う。
三 控訴人らの抗弁
控訴会社の抗弁として次に付加するほかは、原判決事実摘示第二、三の抗弁欄記載のとおりであるから、これを引用する。
「被控訴会社の取締役中根は、控訴人弘明をそそのかし、同控訴人がその任務に背き控訴会社に損害を与えるものであることを知りながら、昭和四七年二月二一日から同年五月三〇日までの間、六回に亘り、総量一四万一八〇〇キログラムの砂糖を控訴会社の仕入相場価額一六八〇万七九〇〇円より六二二万七九〇〇円の安値(三七・〇五パーセント)で、控訴会社の正常販売価額一七〇九万一五〇〇円より六五一万一五〇〇円安値の一〇五八万円(三八・〇九パーセント引)をもって買受け、控訴人弘明に背任行為をなさしめ、控訴会社から右砂糖の交付を受けようとしたものである。
従って、被控訴会社が、控訴人弘明に対し、被控訴会社の主張の金員を右売買の前渡代金として交付したものとすれば、それは、被控訴会社が控訴人弘明の背任行為に加担し、不法の原因のために交付したものであるから、民法七〇八条の類推適用により被控訴会社は控訴会社に対し右前渡代金の返還請求あるいは損害賠償請求をすることは許されないものというべきである。」
四 抗弁に対する被控訴会社の認否及び反論
次に付加するほかは、原判決事実摘示第二、四の抗弁に対する答弁欄記載のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴会社の当審において付加した抗弁のうち、被控訴会社の取締役中根が控訴人弘明を通じ控訴会社から砂糖を買受け、前渡代金を交付した事実を除き、その余の事実を否認し、主張は争う。
2 本件売買契約の締結及び前渡代金の交付につき被控訴会社において損害の発生を未然に防止すべき注意義務を怠った過失はない。すなわち、
砂糖の売買は商取引であり、売主側の資金需要の必要性の程度に応じて、現金決済なり、前渡代金を交付するという取引方法をもって廉価に仕入れて販売するということは世上一般に行われていて、公知の事実というべく、勿論このような取引方法が違法であるということはできず、むしろ消費者の立場からは歓迎されるべきことである。
この場合、買主は売主に対し、何故現金払にしたら安くなるのかとか、安値にするのと引換に売主が前渡代金を要求した場合に、何故前払を要求するのかとかをことさら調査する必要はない。それは、売主側にとって資金が商品に固定せず、資金の手許流動性が高まり、資金繰が容易になるという自明の理由によるものだからである。
しかも、本件の場合、控訴人弘明は、被控訴会社の取締役中根に対し種々の詐言を弄して同人をその旨誤信させ前渡代金を交付させるという方法をとり、同じ方法で約一四〇名の者を騙しているのである。
そのうえ、被控訴会社は、東京都知事の許可を受け、築地卸売市場内において営業歴三〇年という絶大な信用と権威を有する事業者であり、市場に買付に行く業者は正に控訴会社から「売ってもらう」という状態なのであるから、さらに履行の確実性を確かめるということ自体無理というべきものである。
以上のとおり、被控訴会社には、控訴人らの主張するような注意義務は存在せず、仮に存在するとしても義務違反はなかったものというべきである。
第三証拠関係《省略》
理由
一 被控訴会社主張の請求原因事実のうち、被控訴会社が食料品等の販売(スーパーマーケット)、控訴会社が塩、砂糖の卸売をそれぞれ目的とする株式会社であり、控訴人弘明が控訴会社の被用者であったものであり、控訴人良造が控訴会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがない。
二 右の争いのない事実と、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認定することができる。
控訴会社は、昭和二六年に設立され、東京都知事の許可を受けて、築地卸売市場内に営業所を設け塩の卸売(第二次問屋)を営んでいたが、昭和四二、三年頃から経営規模を拡大して砂糖の卸売をも取扱うようになり、控訴人良造の長男である控訴人弘明が、その販売面を担当していた。ところが、控訴人弘明は、その後間もなく、取引先に対し、前渡代金を支払うことを引換条件として、砂糖を通常の販売価格よりも三〇パーセント以上も廉価に販売し始め、暫くの間は、操作して逐次少量ずつ品物を取引先に引渡していたが、時を経るに従ってこのような取引先が増加するに伴い、次第に操作が困難となり、昭和四七年一月頃からは仕入代金の資金繰りにも窮して、他から融通を受けるほどで、取引先から前渡代金の交付を受けても、それに相当する品物を全部納入することは到底不可能な状況となるに至った。しかるに、控訴人弘明は、右のような状況を十分認識しながら、問題が表面化することをおそれて、その後も取引先に対し種々詐言を用いて廉価販売の名の下に前渡代金の交付を受けて販売契約を結んでいた。しかし、昭和四七年六月五日に至り、控訴人良造が不審を懐いて出荷を停止したところ、取引先から追及されて、始めて右の経過が判明した。控訴人弘明は、右のような長期間に亘る廉価販売を、経理上は、通常販売価格で販売したこととし、実際販売価格との差額を売掛金とし、前渡代金を右売掛金の回収分として営業報告することによって隠蔽していたものであり、これによると帳簿上は、前記昭和四七年六月五日現在においてすべて納品済で、しかも売掛金が約三八〇〇万円残存していることとなるが、実際は納品未済分の前渡代金が一億三〇〇〇万円位に達し、その取引先は九〇名にも及んでいたものである。
ところで、被控訴会社も右のように前渡代金を交付して廉価販売を受けていた者の中の一員であるが、その取引をするに至った経緯は次のとおりである。すなわち、被控訴会社の取締役中根清隆の弟が昭和四二、三年頃から控訴人弘明と前記のような取引をしており、同人の紹介で被控訴会社がスーパーストアーを営んでいることを知った控訴人弘明が、昭和四六年半ば頃、中根に対し、「叔父に製糖会社の役員がいて、精製過程で出る余分量の分配を受けているので、これを安値で売れる。その代り五〇〇袋以上のまとまった量でなければ売らない。前渡代金を払ってもらって毎日五袋位ずつ引渡す。二人に対してしかしていないことだから他に口外しないでほしい。また、他に転売したり、あまり安値で販売して市場を攪乱するようなこともしないでほしい。」といって弟と同一条件で取引することをすすめたので、中根はそのとおり信じてその頃から取引を始めるに至ったものである。そして、その後は一回の契約につき一日に五袋位ずつの引渡を受けて三か月ないし四か月で納品が終るという方法で取引を継続していたのであるが、控訴人弘明は、前述のように昭和四七年一月には、かかる取引をすることが不可能な状態となっているにも拘らず、別表記載のとおり同年二月二一日から五月三〇日までの間五回に亘り中根と従前同様の本件売買契約を締結し、前渡代金合計一二八八万円の交付を受けたが、その一部しか納品せず、結局本件前渡代金一〇五八万円相当分については納品しなかったものである(本件売買契約の締結、前渡代金の受領、本件前渡代金額相当分について納品しなかったことは、控訴人弘明との間においては争いがない。)。なお、控訴人弘明は、本件売買契約の各取引の都度すなわち別表(ロ)の取引については、被控訴会社の残が僅少になっているから、もう少し買ってほしい。(ハ)については、中元時期が近づいて値があがるから買ってほしい。(ニ)については、税務署から調査が来ている。倉庫に六〇〇〇袋位保管してあるが、方々に買ってもらっている。税務署の調査の関係があるから通常値段で契約し、納品の際に値引する。(ホ)友人の保管している品物だが間違なく納入する、などとの詐言を弄し、また一部を引渡し、中根から納品の遅れを責められると、港湾ストで出荷できないなどといって中根を信用させていたものである。
《証拠判断省略》
三 以上の認定事実によると、控訴人弘明は、被控訴会社と本件売買契約を締結し、前渡代金の交付を受けても、契約した分の全部については納入することが不可能であることを知りながら、あえて詐言を弄してその旨中根を誤信させ、本件売買契約を締結せしめて前渡代金の交付を受け、結局本件前渡代金額一〇五八万円相当の砂糖を納入しなかったものであるから、本件売買契約は控訴人弘明の詐欺に因るものというべきであり、かつ被控訴会社は本件前渡代金額一〇五八万円の損害を被ったものというべきである。
そこで、右事実に基づいて各控訴人らの責任について検討する。
1 控訴会社
被控訴会社が、本訴において(昭和五二年四月一八日付準備書面の同日の送達によって)、本件売買契約を詐欺を理由として取消す旨の意思表示をしたことは本件記録上明らかであるから、本件売買契約は、本件前渡代金額一〇五八万円に相当する未履行の部分につき取消の効果が生じ、控訴会社は被控訴会社に対し右前渡代金額を返還すべきものである。
2 控訴人弘明
控訴人弘明が民法七〇九条によって被控訴会社に対し本件前渡代金額相当の損害賠償の責に任ずべきものであることはいうまでもない。
3 控訴人良造
《証拠省略》によると、控訴会社は、前述の市場内の営業所のほかに市場外に事務所を設け、当時、従業員は営業所に控訴人弘明を含めて七名、事務所に一名おり、取締役は三名であるが、うち二名は非常勤であり、代表取締役である控訴人良造が常勤して職務上現実に業務全般について従業員を監督すべき立場にあり、実際上も、殆んど毎日営業所に赴き、あるいは事務所において帳簿等を検討し、業務全般に亘って控訴人弘明ほか従業員に対し指示し、監督していたものであることが認められるから、控訴人良造は民法七一五条二項の代理監督者にあたるものとして、被控訴会社に対し、前記損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。
四 そこで進んで控訴人らの抗弁について判断する。
1 控訴会社の損害賠償請求権による相殺及び不法原因給付の抗弁(原判決七枚目表二行目から同裏二行目まで及び当審で付加したもの)
右各抗弁は、いずれも被控訴会社の取締役中根が、控訴人弘明をそそのかし、同控訴人と共謀のうえ、同控訴人をして廉価販売による背任行為をなさしめたとの事実を前提とするものであるところ、右事実は、措信できない原審及び当審における控訴人本人金子弘明、控訴人本人兼控訴会社代表者金子良造の同旨の各供述のほかには、他にこれを認めさせる証拠がなく、かえって前記二認定の事実によれば右主張のごとき事実は存しないものであるから、控訴会社の右各抗弁は採用することができない。
2 控訴人らの過失相殺の抗弁(原判決六枚目表八行目から同裏末行まで)
控訴人らは、被控訴会社において、控訴人弘明の言辞の真否につき控訴会社に確かめるべき注意義務を尽さず、同人の言辞を軽信して前渡代金を交付した過失があると主張する。
確かに、一般的にいえば、前認定のような廉価販売がいつまでも可能であるはずのものではないから、被控訴会社の代理人中根としても控訴会社に確認する等の手段を講ずることが取引上要請される注意義務であると、あるいはいい得るかもしれない。しかし、中根がそのような措置を講じなかったのは、控訴人弘明の前認定のような詐言と一部履行という言動を信じたことによるものであり、しかも同様の方法による被害者が約九〇名、被害総額が一億三〇〇〇万円に達している前認定の事実に徴すれば、これら多数、多額の被害者らも自己の利益を護るために一般に用いるべき注意を尽さなかったものといわざるを得ないのであるが、そのことはかえって、控訴人弘明の欺罔手段が巧妙であったことを窺わせるに足るものというべきである。そして、右のような欺罔手段が用いられたということと、控訴会社が東京都知事の許可を受け築地卸売市場内に営業所を有する営業歴二〇年の業者であること(なお、許可を受けた業者がその業務を行なうのに必要な資力信用を有しなくなったと認めるときは、知事が右許可を取り消さなければならないことにつき、卸売市場法六五条一項参照)及び原審並びに当審における控訴人金子弘明の本人尋問の結果によって認められる砂糖の廉価販売は程度の差こそあれ他の卸売問屋もしているものであること等の本件の事実関係からすると、中根が控訴会社に対し前記のような確認の措置をとらなかったことにも無理からぬ点があり、過失があるとしてこれを責めることはでき難いものといわなければならない。のみならず、なによりも、本件のような故意による加害行為がなされた場合において、加害者たる控訴人弘明もしくは責任上これと同視すべきその余の控訴人らが、自らの側の欺罔行為によって被控訴会社に損害を与え、しかも交付を受けた前渡代金を控訴会社の仕入代金、人件費、借入金返済等の運転資金として使用して利益を受けていながら(右事実は、原審における控訴人金子弘明、控訴人兼控訴会社代表者金子良造の各本人尋問の結果によってこれを認め得る。)、被控訴会社がより以上注意していたならばかかる結果は生じなかったであろうとして被控訴会社の過失を斟酌すべきものとすることは、もともと被害者が自己の不注意を加害者に転嫁することを不当とすることに基礎を置き、損害の公平な分担をはかるという過失相殺の目的趣旨に照らしてみても、被害者たる被控訴会社に酷に失し、加害者たる控訴人らの保護に偏するものといわなければならない。
従って、本件においては、損害賠償額の算定につき斟酌すべき過失は、被控訴会社に存しないというのが相当である。
控訴人らの前記抗弁もまた採用できない。
五 以上によれば、各控訴人らは、各自、被控訴会社に対し、本件前渡金相当額一〇五八万円の支払義務を負担するものであるが、被控訴会社はさらに、被控訴会社が本訴の提起追行に要した弁護士費用につき損害賠償の請求をする。
ところで、不法行為の被害者がその権利を擁護するために訴を提起することを余儀なくされ、訴訟の提起、追行を弁護士に委任した場合には、右弁護士費用は事案の難易、請求額、認容されるべき額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものにかぎり当該不法行為と相当因果関係に立つ損害としてその賠償請求が認められるべきである(最高裁判所昭和四四年二月二七日、民集二三巻二号四四一頁)ところ、本件につき被控訴会社が本訴の提起、追行を弁護士に委任したことは事案の内容に照らし余儀ないものと認められる。そして、《証拠省略》によると、被控訴会社は本件訴訟の提起追行を本件訴訟代理人弁護士吉原大吉に委任するに際し、手数料及び謝金として、東京弁護士会等報酬規定の最低額たる目的の価額(本件前渡代金額一〇五八万円)の各六パーセントにあたる各金六三万四八〇〇円、合計金一二六万九八〇〇円の支払を約したことが認められるが、右金額は前記の一般的基準に照らしてみて本件について相当な範囲内にあるものと認められるから、控訴人弘明及び同良造は民法の前掲各規定に基づき、控訴会社は民法七一五条一項に基づき(控訴人弘明の本件不法行為が控訴会社の業務の執行につきなされたものであることは前認定の事実によって明らかである。)、各自、被控訴会社に対し右金一二六万九八〇〇円の損害賠償をなすべきものである。
六 よって、被控訴会社の本訴請求は、すべて正当としてこれを認容すべきものであり、本件控訴は理由がなく、附帯控訴は理由があるから、本件控訴を棄却し、附帯控訴に基づき原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九三条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 内藤正久 堂薗守正)
<以下省略>